◆なぜ八王子に遊びにいったかというと、多摩シネマフォーラムのためだ。早起きして(といっても11時だけど)、会場のパルテノン多摩へ。 が、当日券は売り切れ、整理券も配布中止という状態で、岩井俊二作品が上映されるとなるとこうも混むのかと、その人気を実感させられた。しかしおいらは岩井俊二よりも、青山真治の『Helpless』が目当てだったのだが。しょうがないから、古本屋めぐり。森鴎外全集全八巻、宇能鴻一郎の『むちむちぷりん』合わせて200円で!! 買う。argoレーベルのオムニバス盤『short cuts』を300円で。古本屋は現代音楽系のCDがときどき安く売ってる。ふくやまけいこの『何がジョーンに起こったか』が400円で売ってたので買おうかとも思ったが、持ってるのでやめる。中古レコード屋で、嶺川貴子『chat chat』、人生『subsutance3』を買う。石野卓球は、人生から電気グルーヴになって馬鹿ばかしさの質が変わった。
◆『激走戦隊カーレンジャー』見て、八王子の友人のとこへ電車でいく。夏なら自転車で行くとこだけど、さすがに冬は自転車じゃ辛い。『激走戦隊カーレンジャ』は、確実にオウム以後を意識して作られている。オウムの教訓を無視した番組を未だに作り続けているテレビ界では珍しいことだ。 ラストの顔のアップが良かった。変身ものでこれほどストイックな映像が見られるとは思いもよらなかった。
◆ 町田では相変わらず、スピッツを歌う人がいた。UFOおじさんはいなかった。そのかわり?、タワーレコードが出来ていた。『ミュゼ』というタワレコで出している冊子をもらう。凄く内容が充実していて、読んでると欲しいCDがどんどん増えてしまう。ヴェーグ四重奏団のベートーヴェン、サロネンのバーナード・ハーマン、ポール・ヒリアーのオルガヌム大全、コーリニアス・カーデューのピアノ曲集、小杉武久の『ongaku』などなど。あぁ、欲しいなぁ。バイトしなきゃ。
◆西村朗のオンドマルトノの曲があるらしいが、聞いてみたい。オンドマルトノと言えば、原田節と山下洋輔が共演したコンサートで椅子並べをしたのを思いだす。高校2、3年の頃。原田節は山下洋輔に負けず劣らず、オンドマルトノで過激な音を出していた。山下洋輔は珍しく?ピアノを壊さなかった(と思う)。あんまりピアノ壊すから、ホール側がなかなかピアノ貸してくれないらしい。そういえばそのとき、母親が駅へ山下洋輔を出迎えにいったのだが、会場へと向かうタクシーの中で、「ミジンコを買ってらっしゃるそうで」などと山下洋輔に言ったらしい。山下洋輔は「それは違う人です」と答えたそうだ。ちなみにミジンコで有名なのは坂田明である。
◆ 永山駅からマウンテンバイクの二人乗りで友人の家に到着。
◆城麻美はいい、杉本麗奈もいいぞ。映画秘宝がキネ旬にパイ投げしたらしい。最近あすかあきおは描いてるのか? ブルース・リーの本がまた出るらしい。ゴブリンの『シャドー』はかなりクラフト・ワークの影響がある、などと話す。
◆「別冊マーガレット・ぶーけまんが原作大賞」の原稿送る。『STUDIO VOICE 10月号』有燐堂で買う。普段は買わないが、よしもとよしともの短篇が載ってたので。たった2ページなのに震えてしまうほど感動的。音楽特集号なのに音楽それ自体否定するような内容。それにしても、よしもとよしともの描く女性の存在感というのが圧倒的だ。とくにその顔。簡単な線なのだが妙にリアルだ。かならずどこかに存在しているだろうと思ってしまう。現実の女性がマンガに入り込んだ感じだ。
◆昨日、あまりに形の良いウンチをしてしまったため、うんちが流れない。まるで珊瑚礁のように便器に住みついている。
◆亀有名画座のピンク四天王特集へ行く。
◆いままで使ってたレスキューのカウンターをやめて、wwwcount2.3に変える。
◆尾崎豊の「I Love You」を歌いながら歩いている三人の男を目撃。あぁ、恥ずかしい。尾崎豊本人はおもしろいけど、それに群がる人たちはつまらない。尾崎豊に限らず一般的にそうだ。
◆こどもの頃は、アイドルやAV女優やタレントなんかは皆んな年上だったけど、いつのまにやら逆転してしまって不思議な気分だ。初めて友達の運転する車に乗って遊びいったときは、大人になったなぁって実感した。 真柴ひろみの「みつめていたい(『瞳いっぱいの涙 第3巻』収録)」を読んでそういうことを思い起こしたのを、なぜか今日思い出した(変な文章だなぁ)。
◆ 変わり種紅茶のエルビーは、友人によると、ヨーグルトとか作ってる有名な会社らしい。知らなかった。変なジュース製造専門会社じゃなかったのか。
◆『がんばらナイト』今週はちゃんと聴いた。ひさびさに聴いたら新鮮だ。
◆とつぜん『激走戦隊カーレンジャー』を見のがしたことに気付いた。くそぉ(T_T いもちょうの親父見たかったよぉぉ。まだ見たことないのだ。それにしても、芋ようかんで敵が巨大化するという設定はおもしろすぎる。
◆横浜駅で交通量調査のバイト。疲れた。肉体労働じゃないけど妙に疲れる。もう人の顔は見飽きた。 あのカチカチ押す機械は「数取器」という名前だということを知った。そのまんまやんけ!!! 国民年金の相談イベントの声がやたら五月蝿かった。そごうの前の三〇分ごとに動くディズニー時計に人が群がる。
◆休憩時間にバナナレコードで、篠田昌巳『東京チンドン vol.1』と、イ・プー『ミラノの騎士』、PIERO MILESI&DANIEL BACALOV『LA CAMERA ASTRATTA』、 アルヴィン・カラン『CRYSTAL PSALMS』を買ってしまって、バイトが終わる前にバイト代の半分を使ってしまった。
◆『東京チンドン vol.1』は、ほっといたら一日中聴いていそうな気がする。飽きない。リズムがここちよい。リズムに乗る乗らないの問題ではないなぁ。例えば小室哲哉の作るリズムを一日中聴いてたら飽きて、耳障りに感じるだろうが(飽きない人もいるだろうけど)、チンドンは飽きても、耳障りにはならない。人によって違うだろうけれども。このCDを聴くと幼い頃の花火大会とお囃しの風景を思い出す。
◆イ・プーはプログレに分類されるのだろうけど、今聴くとプログレというよりソフトロックだ。泣きのメロディー。だいたいプーって「熊のプーさん」のプーなんだから、やっぱプログレっぽくない。イ・プーのファーストアルバムは田舎のおばあちゃんちの近くの古本屋の500円均一レコードの山から見付けて買った記憶がある。そういえばそこで大滝詠一のレコードも500円で買ったのだった。今日、バナナレコード行ったらメチャ高い値段がついていて驚いた。東京辺りで高い値段のついてるレコードなんか、田舎を探せば500円以内で買えるだろう。特に、レコード屋じゃないけどレコード売ってる店とか狙い目。本はなかなかそううまく行かない。古本屋じゃないけど古本売ってる店ってあんまりないから。本は、図書館のリサイクルとか、自治体や学校のバザーとか、チャリティーとかフリーマーケットが狙い目。あとは、拾うとか。
◆今度は、メロン紅茶というのがコンビニで売っていた。買ってみた。 なんでも紅茶と混ぜればいいってもんじゃないぞ、と文句をたれつつ飲んでみたら結構おいしい。製造*株式会社エルビーとある。そういえば、キャラメル紅茶もエルビーだったような・・・・。おそるべしエルビー。そのエスビーをパクったようなあやしい響きといい(しかもマークがエスビーのマークと似ている)、これは確信犯では?
◆キャラメル紅茶というのを飲んだ。それにしても何で紅茶にキャラメルなんだ。いつもキャラメルのことばかり考えているキャラメル大好き人間が、たまたま紅茶製造の部署に配属されたのだろうか? だってそういうことでもなきゃ「キャラメル紅茶」なんて出来ないだろう。いや、そもそもミルクティーはキャラメルの味に似ている。そのことに気付いて「キャラメル紅茶」を作ったのかも。これ売れないだろうなぁ。甘すぎて余計のどが乾くし、それに、キャラメル味を味わいたかったらキャラメルなめればいいんだから。今度は「ホワイトキャラメル紅茶」きぼー。
◆東横線でYJのアレをXXXXする。 『日経エンターテイメント』。まあまあかな。『コンプティーク』の表紙はGODD!!。久しぶりに『コンプティーク』読んだけど、昔の『コンプティーク』はもっとエッチっぽかったような気がする。
◆道を歩いていたら、前を歩いていた女性二人組の会話が耳に入った。 「女におごらないよねぇ」 「そうそう、女って女におごらない」。 はたして、『死者の奢り』のおごりなのか、「食事をおごる」のおごりなのか考えたが、大江健三郎の方じゃないだろうと思うので、「食事をおごる」のおごるだろう。 「そうか、女って女におごらないのか」と妙に納得してしまった。 利己的遺伝子の仕業か? よりたくましい子孫を残すために利用できない女におごっても何の得もないということか。 しかしそんなこといったら何でも利己的遺伝子で解決できてしまうなぁ。おそるべし、利己的遺伝子。
◆ゴム抜きのルーソーは醜悪だ。だらんとしてて、ひどいのは地面についてる。ゴム抜きしてないのは好きだけど。
◆『週間宝石11/7・14号』のヒロスエの白黒写真がいい。ついでに、『インディーズvol.5』も買う。『週間宝石』と『インディーズ』を一緒に買う人ってあんまりいないよね。
◆ Jhon Wall『ALTERSTILL』はペンデレツキやなんかの現代音楽作品をコラージュしたアルバム。けっこう良い。眠れないので、 斉藤由貴やオフコースやら、軟弱系を聞く。
◆『ぶーけ』の吉野朔美の連載を読んでいて、これは最近同じような感じのを読んだな、と考えてたら、山川方夫の小説にたどり着いた。山川方夫の主題を現代的に昇華させたのが吉野朔美のマンガではなかろうか、などと思いつつ、清原なつのは相変わらず良いなぁ。
◆寝すぎて、まぶたが一重になってしまった。……と、思ったら、実は虫に刺されてはれて一重になったらしい。
◆今月の映画↓
◆『聖ミカエラ学園漂流記』監・高取英。 女子校生が大人に反逆する話。寺山修司の映画にもそんな話のがあった。 当然高取英は意識してると思うけど。音楽がJ・A・シーザーだしね。 主演の一ノ瀬 めぐみ がりりしい。どっかで見たことあるなぁと思ったら、「ペントハウス・ジャパン」の創刊号のグラビアで、魚をくわえていた女の子ではないか。あのグラビアは強烈だった。おいら魚きらいだから。ああ、キモチワル。
◆『北北西に進路をとれ』監・ヒッチコック。 安心感がありすぎてつまらない。先が予想できるし。べつにおいらはヒッチコックみたく金髪美女が好きなわけじゃないし。 バーナード・ハーマンの音楽が凄くて、メシアンばりだ。 たしかジジェクの解釈では不在の父親が問題にされていたような気がするが、どうでもいいや。
◆11/25、亀有名画座にて。↓
◆『TURTLE VISION』「盗撮リポート 陰写!!」監・佐藤寿保。 映画の本質は盗み見ることの暴力だ。ラスト少女に切り裂り裂かれて、観客はそのことに気づかされる。トラウマの遺伝が話の鍵になっている。人間は伝染されやすい。例えば、授業中誰かが咳をしたとする。するとそれにつられて咳をする奴が必ずいる。指を鳴らしても同じ事が起こる。全体を貫く斜めの構図による緊張感!!!
◆『Yokohama .Long Good-bye』「変態性戲みだらに責めて」監・佐野和宏。横浜を舞台にした探偵映画。ラスト子供と抱き合う主人公が印象的。佐野和宏監督は家族にこだわっているようだ。
◆『昭和群盗伝2 月の砂漠』「破廉恥 舌技テクニック」監・瀬々敬久。「人は何かを売って生きている。何をいくらで売るかは自分できめろ」という映画。
◆『異常者たちの夜』「過激本番ショー 異常者たちの夜」監・サトウトシキ。タイトルに「異常者たち」とあるが、描かれているのはいわゆる普通の現代人だ。普通の人こそ精神病者なのだ。それに気づいたフロイトはやはり偉大だ。サトウトシキ監督の映画はやたらと食べるシーンが多いような気がする。
◆今月のマンガ↓
◆森山塔『キはキノコのキ』。性転換というのは『ジョカへ』の影響であることは間違いないだろう。ラストの投げやりな髪の毛のベタが、いい雰囲気を出している。素晴らしい。数ある森山塔の本のなかでも『キはキノコのキ』は上位にランクする。
◆古屋兎丸『Palepoli』。 本格的なメタマンガ。とうとう出現したよ〜。 そう、前兆はあった。例えば、とりみきはマンガの構造をギャグにするということをずっとやってきた。そもそも、そういうギャグを含んだマンガが本当のギャグマンガであるととりみきは定義している。ギャグとは構造批判なのだ。(だから、社会批判に笑いを含ませるというビートたけしのやり方はすごく当然のことなのだ)。そもそも、手塚治虫もメタ的なギャグを描いている。小説の元祖の『ドンキホーテ』がすでにメタフィクションだったのと同じく、マンガも始まりからメタ要素を含んでいたのだ。最近では『コミックアレ』のカバー特集。あれにも古屋兎丸は描いていた。(もっとも、『コミックアレ』で一番印象的だったのは、よしもとよしともの『バナナブレッドのプディング』だったのだが)。そういえば『お天気お姉さん』も作中に作者が登場していた。そして出るべくして登場したこの『Palepoli』は驚異的な完成度だ。ジョン・バースの『キマイラ』に匹敵する。だから『palepoli』だけの収録にしてほしかった。おまけの収録はないほうが良かった。装幀がまた素晴らしい。高野文子の傑作『おともだち』や、さべあのま『ネバーランド物語』や、まつざきあけみ『ぼくらは青年探偵団』を思わせる装幀だ。さぁ、『おともだち』でも読みながら寝ようか。
◆うすた京介『すごいよ!!マサルさん(2)』。 一巻は読んでいない。マンガのつまった袋を5つぐらい拾って、その中にあった。近所のマンションのゴミ捨て場には、よくマンガや本が捨てられている。前は『ガラスの仮面』を20〜40巻くらい拾った。今回は凄い収穫で、古本屋に売れば結構な値段になるだろうなぁ。『すごいよ!!マサルさん』は、あまりに奇妙な世界で、その中に入りこめればメチャクチャおもしろい。
◆天王寺きつね『Rape+2πr[疾走編]』。 エロマンガと思いきや、実は家族の再生がテーマ。ラストシーンが泣ける。ほとんどのHマンガはくだらないが、天王寺きつねのは読める。Hのあと、あそこから精液が流れ出る描写が多いのに気付いた。よく裏ビデオにある描写。
◆柴田ヨクサル『谷仮面(2)(3)』。 谷仮面はヒーロではない。好きな人に告白できないただの内気な高校生だ。ただケンカは強い。しかし必殺技があるわけではない。谷仮面は仮面を被っている。絶対的に強い谷仮面には顔がないのだ。外見が普通の少年が実は強い、または強くなっていくというマンガは多い。しかし普通の主人公は顔を持っているので、読者が感情移入するにしても顔が邪魔になる。ゆえに『谷仮面』には顔がない。顔がなければ幻想が成り立つ。例えば『BOYS Be』に登場する男には個性がない。個性がないということは顔がないということだ。顔がないゆえに読者が主人公になりうる。幻想が膨らむ。(個性がないといえば、ケビン・コスナーも個性がないと思うのだがどうだろう)。 それにしても誰も谷が仮面を被っているのを不思議がらないのがおもしろい。日常のなかに異物が平然として存在していて、誰もそれを不思議に思わないという世界のルーツは水木しげるだろう。水木しげるのマンガには妖怪が登場するが、人間はそれを受け入れていて不思議がるということをしない。いや、受け入れる受け入れないということじゃなくて、妖怪がいるのが普通なのだ。手塚治虫にはそういう世界はない。異物が存在すれば必ず対立関係になってしまう。例えば『鉄腕アトム』がそうだ。要するに手塚治虫のベースは近代的な「人間」なのだ。そうそう、今テレ朝でやってる『激走戦隊カーレンジャー』が水木的世界で、変身したままスーパーに買物行ったり、主婦とあいさつしたりしてておもしろい。
◆久米田康治『行け!!南国アイスホッケー部(6)(7)(8)』 少年マンガに定番の淡い恋を含んだストーリー・ギャグまんが。それにしても、『行け!!ほげほげほげ』ってタイトルのマンガ多いな。
◆『ぱふ』ふくやまけいこ特集号。ふくやまけいこの絵を初めて見たとき感じたのは、特徴のない絵だぁということ。衝撃的だった。形容できないのだ。雛形あきこの顔を見たときも同じように感じた。ふくやまけいこで一番好きなのは『何がジョーンに起こったか』で、要するに時間ものがすきなのね>オレ。あとアメリア・エアハート。彼女の瞳がいい。りんとした凛凛しい女性が好きだ。例えば、つかこうへいの小説のヒロインのような。
◆『ぱふ』さべあのま特集号。 これはもしかしてだぶってしまったか? むかし買ったような気もする。まぁいいや。マンガかいてほしいぞ。『おひさま』の連載はマンガじゃないし。 楳図かずおのインタビューが載っていて、驚いたのはプロフィールで、昭和11年9月3日生まれ。ということは今60歳じゃないか!! とても見えない。ちなみにオイラは9月2日生まれだから、1日違いだ。だからどうした!!って感じだけど。
◆『ぱふ』ラブコメ特集号。 いままで読んだマンガの中でもっとも印象的だったマンガは?という質問に、川原泉が「金星樹」を挙げている。「金星樹」好きだ。確か復刻されたはずなので、未読の人は、読んで泣くように(命令)
◆玖珂みのを『水色のくれよん』。 タイトルがはっぴいえんどの曲名だったので買った。 人生にくたびれた男が少年時代を思い起すエロマンガ。一般的に、子供時代の回想のその内容は歳をとるにつれて叙情的になる。子供時代には、叙情的に昔を思い起すということはない(多分ね)。叙情は未来から過去への客観視によって生まれる。客観は遅れて獲得することしか出来ないのだ。何故大島弓子において子供が主人公のマンガでは、内面が大人になってしまったというようなSF的設定になるのか? それは大島弓子のマンガは客観視による叙情に貫かれているからで(それは例えばラストで未来に飛ぶ傾向をみても分かる)、だから子供が主人公でも、内面は叙情を獲得できる大人でないとダメなのだ。まぁ、そんな解釈はどうでもいいことだが。解釈なんていくらでもできるし。
◆氷室芹夏『あいどるkiss』。 脚の描写、そそる。
◆YOMIBITO SHIRAZU『空賊達の飛空船』。 高瀬彼方の小説『戦場の女神達』を思い出した。
◆河本ひろし『おちゃめだねっ』。 コロコロコミックマンガのパロディがおもしろい。コロコロって子供の頃読んでたけど、今読むと内容が変だ。おかしい。バカバカしい。でも子供の頃は変だと思わないで、まともに読んでたような気がする。
◆ふじかつぴこ『あぶないトランスレイター』。
◆近藤るるる『ハイパーあんな 第1巻』。 「るるる」って、なんか幸せな名前だなぁ。かわいいし呼びやすいし。よし、もし子供ができて女だったら「るるる」って名付けよう!!(ホントかよ) 表紙の絵が星里もちるっぽい。星里もちるといえば『わずかいっちょまえ』という傑作がありますね。かわいいけどめちゃくちゃ強いというマンガはたくさんあるでしょう。たしか昔、あじましでおも描いてたんじゃないかな? あぁ『ななこSOS』なんかそうですね。あじましでお復活したけど、どうも冴えませんねぇ。『コミックアレ』の創刊準備号(だったっけ?)に載ったのは良かったけど。主人公の杏菜ちゃんの友達の光恵ちゃんの弟の名前の金子光晴というのは、詩人の金子光晴からとったのかな? 『ユリイカ』のランボー特集号(だったと思う、多分)に載ってた金子光晴のランボーについての文章はすごくかっちょ良かったです。マンガってなんでペン入れしなきゃならないんでしょうか。鉛筆のタッチのほうが好きだっていう作家の人もいるでしょう。鉛筆書きのマンガがあってもいいのでは? 版画のマンガだってあるんだし。制服がかわいい。誰かマンガにおける制服大図鑑みたいな本つくらないかなぁ。もしかしてもうあったりして。アイドルのならあるんだけど。
◆細野不二彦『どっきりドクター 第3巻』。 『グーグーガンモ』や『さすがの猿飛び』のアニメを見ていたのはMSXで遊んでいた小学生のころだ。(あぁ懐かしきMSX!!)。しかし細野不二彦にはまったのは中学生の時に読んだ『ママ』だ。あれはいい!! マジで。なんかいいんだなぁ。『ママ』は始まったときと終わるときの絵が全然違っていて、オイラは描き込んでる頃の絵の方が好きだ。いまの絵も悪くはないけど。『Blow Up』とか『あどりぶシネ倶楽部』みたいなマンガをもっと描いてほしいよ。『スピリッツ』連載の美術マンガは妙に教養くさくて。あ、でもボクシングマンガの方は好きだ。最近読んでないけど。まだやってるのかな。
◆坂口尚『魚の少年』。 坂口尚は亡くなったのだった。藤子不二雄(ワープロで「ふじお」を変換したら、なんと2番目に出た)ほど報道されないのだった。しかし同じくらい偉大なのだった。普遍性という点で藤子不二雄と同じ方向の人だと私は感じるのだった。人生を生きてきたおじいさんの絵を描かせたら、坂口尚の右に出る漫画家はいないだらう。 せつないのだった。 ひとコマひとコマが絵になっている「しおり」という短篇はスゴイのだった。坂口尚の世界が抽象されている。その網ベタは宮谷一彦を思わせる。そのリアルな絵は大友克洋を思わせる。実際、坂口尚は描こうと思えば大友克洋のように描けただろう。しかし坂口尚は虫プロの人なのだった。リアルにリアルにという方向へは進まなかったのだった。マンガの記号を消滅させる方向には限界があるのだった。「アキラ」の次に「エヴァンゲリオン」が出てきたというのはそういうことなのだった。いや今は「エヴァ」ではなくて坂口尚の話なのだった。「エヴァンゲリオン」はSFなのだった。SFといえば坂口尚には「VIRSION」というスゴイSFがあるのだった。一回読んだだけではよく分からないのだった。でもなんだかスゴイのだった。『魚の少年』は奇想天外社の出版なので当然絶版なのだった。でも、古本屋いけば売ってるのだった。ブックスーパーいとう辺りに売っているのではないかと私は思うのである。
◆松井雪子『マヨネーズ姫 第一巻』。傑作!! とくに坂田靖子とか好きな人は必読。『マヨネーズ姫』には景色がある。きちんとした世界が構築されている。
◆『筒井漫画読本』。 筒井康隆をマンガ化すると、すごく現代的な不条理マンガになる。まぁもともと不条理マンガは筒井康隆の影響を受けて始まってるわけだから、当たり前といえば当たり前なのだけれど。何故、この本の漫画家の中に中川いさみが入っていないのだろう。いま一番筒井康隆的な感覚の不条理マンガを描いているのは中川いさみだと思うのだけれど。
◆やぶうち優『水色時代 第1巻』。 このマンガにもあるが、小学生のとき女子と男子で分けられて、女子は例の映画を見せられてお勉強する。で、「何見たんだよぉ」と男子が女子に聞く。というのは誰でも思い出せる光景だろう。そう、おいらも隣の席の女の子に「何見たの?」と聞いた。彼女は「生理のビデオ」と答えた。ズバっと言われて、おいらは何も言い返す言葉がなかった。かろうじて「ふぅん」とつぶやいた。あと思い出すのは中学一年のとき。隣の席の女の子とその後の席の女の子が、ブラジャーを買いにいく相談をしていて、おいらが冷やかすつもりで「ブラジャー買い行くの?」と聞いたら、「そうだよ。初めてなんだ」という風に笑顔で言われてたじろいだ記憶がある。どうもブラジャーという単語を見たり聞いたりするとその時のことを思い出してしまう。 『水色時代』はアニメ化されたけど、アニメより原作の方がおもしろい。少年マンガならまだしも、語りの複雑な少女マンガをアニメ化するのは基本的に無理がある。表面をなぞっただけになってしまう。
◆樹村みのり『ポケットの中の季節 第1巻』。『TV-Bros.』の少女マンガ特集で喜国雅彦がこれを挙げていたので、久しぶりに読み返した。 樹村みのりの語り方というのがすごく好きだ。とくに『贈り物』のラスト。『休みの日』はすごく共感できる。小学校の頃、学校を休むということは特別なことだった。
子供の描き方が凄い。これほどリアルに真実に描いた作家は樹村みのりだけだ。
大人だったら「こんなこと言って変じゃないの?」と思うような事を時に子供は口にする。その言葉にこそ実は大変なものが隠されているのだ。ささいな言葉に真実が隠されている。そのささいな言葉をきちんと描いている。樹村みのりはラカンでも読んでいたのだろうか?
◆村田ひろゆき『工業哀歌バレーボーイズ(2)−(10)』。なぜか読んでしまうって人、多いんじゃないかね。
◆今月の本↓
◆川又千秋『天の川綺覃』。 過去に戻ってやり直す話が多い。男が書く話だよなー。
◆山川方夫『海岸公園』。 全部前に全集で読んだものばかりだったが、せっかく文庫が手に入ったので。 今回読んで気付いたのは「海岸公園」は山下公園のことだろうということ。
◆『マージナル vol.5』。 上野千鶴子と赤松啓介の対談がおもしろい。「解釈はしない」と言う赤松啓介にひかれる。野生の猿の世界では、猿山のようなボス猿などは存在しないことを知った。
◆M・ミオー&J・ランジェ『娘たちの学校』。17世紀のエロ本。ミルキィ・イソベの装丁と、箱入りの製本が素晴らしい。
◆宮沢章夫『牛への道』。 めちゃくちゃおもしろい。 へんなものはへんなんだという態度。 言葉から受ける印象に徹底的にこだわっていて素晴らしい。 そういえば、小学生の頃って、廊下走ってたよなぁ。いつから走らなくなってしまったのだろう。このページのアンケートに答えてて思ったけど、学校でうんちするのが恥ずかしくなくなる時期と、廊下を走らなくなる時期って一緒なのでは? あと、一年中半ズボンの奴が、必ず一クラスに一人はいた。意地でも長ズボンははかない。おいらもそうだった。あれは、子供なりに、自分に課していた規律のようなものなのだろう。大人になるにつれて、そんな規律は失ってしまう。だから、横領したり、人殺したり、薬害エイズ事件が起こってしまうのだ。なんてね。
◆大川善邦『JAVA絵とき基本用語』。 はっきりいって、たいして役立たない本だけれど、おもしろいのは「JAVAに捧げる詩」という詩と呼べないような詩が真面目に書いてあるのだ。この人、分かりやすく説明しようとしてるんだろうけど、余分なところだけ分かりやすくて、肝心なところが全然ダメ。分かってる人はこれ読んで分かるだろうけど、分かってない人は、これ読んでも分からないだろう。教えるってことはなんて難しいんだ。サリバン先生は偉いね。コンピューター関係の本は一冊だけじゃなくて何冊か読まないとなかなか理解できないのは何故だろう?
◆野坂昭如『死屍河原水子草』。 「垂乳根心中」が傑作。その文体。けだるい近親相姦。過去との交錯。時間の交錯のある小説は大好きなのだ。オイラが何でヴォネガットが好きなのかといえば、そういうことだ。特に『スローターハウス5』は傑作。
◆鮎川信夫 編『西脇順三郎詩集』。ギリシアの影響の詩は好きじゃないけど。永遠に続くような詩。
10/1996||12/1996
ISHIHARA, Shingo
shingoo@lily.sannet.ne.jp