涼氏は自宅の一部をアトリエに腕をふるう美容師。灯世は学生時代からの涼氏の恋人。そんな二人が織りなすボーイズラヴの連作短編集。
とりわけ印象深いのが、涼氏の過去の傷が描かれる表題作だ。
涼氏の母親は精神を病み涼氏を殺そうとした。母親は死に、その巻き添えで何人もの人が傷つくのも涼氏は見た。いまでもときどき夢でうなされる。
あるとき喫茶店で向かいの花屋の女性を見た涼氏は、彼女を母親だと思う。母親はすでになく、その女性が他人であることは分かっているが、それでも涼氏は彼女を母親だと仮構して、「こっちを見ませんように、目があいませんように、目が合ったらすべてがなくなってしまう」と祈りながら、毎日窓辺の席でガラス越しに見つめている……
もうどうにも立ち行かない、生きることに意味が見出せない、そんなときに人は、自らの求めるものを何かに仮構することで正気を保とうとするだろう。もちろんそれが嘘であることを知りながら。
花屋の女性を眺める涼氏の分裂したまなざしの切実さ、傷を癒すことの切実さを、竹美家ららはその繊細な線で静かに描き出している。
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