ピンク映画といえば、あのけばけばしいポスター。扇情的に欲情させるタイトル。
幼い頃は、新聞の映画館上映予定欄の「赤い人妻 オナニー濡れる」などというタイトル文字だけで興奮したものだ。いつか大人になったら一緒に見に行こうぜ、などと友情を誓い合い、いつしかそれは忘れさられる。そうして、大人になっていくのだ。

若松孝二の自伝に連ねられたピンク映画はおもしろそうだったし、黒沢清金子修介周防正行がピンク監督出身だということも知っていた。当然ピンク映画に興味はあったけれど、小心者だからピンク映画館に行く勇気はなかった。それにもうピンク映画なんて過去のものだと思っていたのだ。

ある日『ぴあ』をパラパラと立ち読みしていると、「ニューウェーブピンク事情」という文字が目に入った。文芸座のオールナイト。
オールナイトも文芸座もピンクも未経験だった。一人では恐いので友人に電話した。

「ピンク映画みにいかない?」
「え〜、ピンクってあのピンク?」
「そうそう。でもニューウェーブらしいよ」
「ニューウェーブねぇ」
「ニューウェーブだよ」
「でもピンクだろ?」
「まぁそうだけど。でもニューウェーブだから」
「ニューウェーブかぁ」
「ニューウェーブだよ」
ニューニュー言い合って、とりあえず見にいくことになった。

 1995年10月21日、今は亡き文芸座の前には列ができていた。しかもピンクなのに女性も並んでいる。
その日はサトウトシキ監督特集だった。まず対談。ボソボソとしゃべるのでよく聞きとれなかった。
そして上映。
予想していたより遥かにおもしろかった。「Eカップ本番U 豊熟」はサイココメディで、ラスト、主人公が窓から落ちるところは場内爆笑だった。「不倫妻の性 快楽あさり」はかなりの出来のホラーだ。「ペッティング・レズ 性感帯」の映像の美しさには息をのんだ。オヤジと若者のロードムービー「痴漢電車OL篇 奥様は恥女」は感動ものだし、オヤジが車に跳ねられるところで場内爆笑だった。「悶絶本番 ぶちこん!!」は行き場のない若者の青春群像。一人の監督がこれほどタイプの違う映画をとっているというのが驚きだった。しかも全ておもしろい。サトウトシキの名前が頭に刻まれることになった。

第二の衝撃は、有楽町の四天王特集で観た瀬々敬久の「課外授業暴行」だ。こういう映画が日本にあったのか。しかも、35ミリの大スクリーンで公開されていたのだ。ゾクッとした。

さらに亀有名画座で佐野和宏の「変態テレフォンオナニー」を見て感涙するに及び、いつしかピンクから抜けられなくなってしまった自分に気がつくことになる。

そこにはフランスのかつてのヌーベルヴァーグの血が確実に受け継がれている。
例えばゴダール、トリュフォーが、場末のさびれた映画館でなにげなく上映されているのを想像してみて欲しい。しかも見ている観客のほとんどは、くたびれた中年である。これはかなりパンクな情景だろう。

しかし実際にピンク映画館で、瀬々敬久監督の「課外授業 暴行」が、サトウトシキ監督の「ペッティングレズ 性感帯」が、佐野和宏監督の「変態テレフォンONANIE」が、佐藤寿保監督の「盗撮リポート 陰写!!」がかかっているのである。

瀬々監督は『ピンクヌーヴェルバーグ』(福間健二編、ワイズ出版)のインタビューで「おれの映画は日本映画には入らない」と語っている。
確かに、ピンク映画という枠組みの中でさえ異端なのだから、日本映画界でも異端だろう、今は。
しかし歴史をみれば分かるように、異端しか正統にはなり得ないのであり、異端だからこそ正統になるのだ。文学でいえば、かつてあれだけ読まれていたらしい石坂洋次郎獅子文六が今生き残っているか?
そういうことだ。