走り屋Eエスノグラフィー

石原進吾(経済学部経済学私E年(当時))
 

E.Eじめに

 近代におけるイチEロギーは、人、E気付かなぁE方で「闇」E隠蔽を実行してきた。ここで「闇」とは比喩であり、また文字どおりの意味でもある、EBR>  比喩としての「闇」E、時代めE会状況により変化し、例えば被差別部落、山窩雁E、EE市下層、暴走族、アイヌ及び沖縁E、様、EエスニシチEなどである。支配層はまずそれらの雁Eを把握しやすいよう調査E可視化し、イチEロギーによって市民社会から構造皁E隔離し、ときには利用してきた、EBR>  斁E通りの「闇」である夜E漁EE、色とりどりEネオンめEEの光によって駁Eされた。夜間照明が、特に都市空間を中忁E発達してぁEのは、EE市E「闇」で行なわれる逸脱活動が、イチEロギーにとって危険なもEであるからだろう、EBR>  これからとり上げる「走り屋」と呼ばれる雁Eは、社会的には、暴走族と同じような逸脱老E団と見做されてぁE。またその活動E主に夜E「闇」である、EBR>  二つの「闇」E交差する「走り屋」とぁE地点をみてぁEことで、現代において蔓延してぁEぁEつかEイチEロギーに直面することになるだろう、EBR>  E・ジジェクはE・ラカンが夢を扱ぁE方でイチEロギーをとらえた。夢が現実を支えてぁEのと同じように、イチEロギーが現実を支えてぁEのならE、イチEロギーの外へ出るEではなくイチEロギーのなかでイチEロギーをE立させてぁEもEと直面しなければならなぁEEBR>  また、「走り屋」E、社会E外にあるのではなく社会E一部として存在してぁE。「走り屋」行為は普通E昼の生活と並んである。そのため「走り屋」E活動E仕方E例えばコミュニケーションの仕方などEE、現代社会における人、EEそれを反映してぁE。そのため「走り屋」を見てぁEことは、社会E体を見てぁEことになるだろう、EBR>  インタビューの対象とした三人のインフォーマントE、かつては頻繁に、EE、E回程度の割合で山E主に赤城山Eへ通ってぁEが、最近ではめE熱もEめたとぁE段階である。なお三人とも男性、E卒で就職しており、走り屋活動を始めたEは就職後である。チームには入ってぁEぁEEBR>

E.「走り屋」概要、およE基本単誁E/font>

 「走り屋」とぁE言葉E登場時期をE確に確定することはできなぁE、Eらを「走り屋」と称する人、EE活動が活性化したEは1990年ごろからだと推測できる。それ以前、昭咁E0年代からすでに「カミナリ族」「サーキチE族」と呼ばれる雁Eが非合法による公道レースを試みてぁE。その行為は、現在の走り屋とほぼ同一である。やがて昭咁E0年代に出現した「暴走族」E、「サーキチE族」が絁E化された集団だった。その社会への反抗ともとれる主体的な暴走行為に対し、民間の団体や警察などが過敏に反応し、追放運動めE締などの結果、暴走族E勢ぁEEおさまることとなった。そぁEて、登場したのが走り屋であるが、しかし走り屋E穏便になった暴走族ではなぁE後に記述するが、走り屋と暴走族E断絶してぁE。簡潔に述べれE、走り屋E、ゆるやかな関係性により絁E化されたサーキチE族である、EBR>  走り屋E活動E、その目皁E求によりぁEつかE刁Eがなされる。以下Eインフォーマントによる刁Eを整琁Eたものである、EBR>  まず峠を走行E台―――走り屋用語では「スチEEジ」―――とする走り方は以下EEつに刁Eされる、EBR>  「ドリフト」。ドリフトは、カーブを曲がるときにサイドブレーキを使用し後輪を滑らす走行E仕方である。ドリフト走行を目皁Eして走り屋集団に加わる人も多く、例えば雑誌においても「ドリフトしたぁEとぁE斁Eが目立つ。E忁EEけEドリフト講座めE良ぁEリフト、美しぁEリフトの仕方を教唁Eる記事も多い。ドリフトによって得られる快感を求めて走る走り屋E多い。そのような人、EE「ドリフト派」またE「ドリフト族」と呼ばれる、EBR>  「グリチEE」。カーブを曲がるときに、ドリフトではなく普通EアウトEイン・アウト走法で走る走行Eこと。ドリフト派よりもスピEド、レース志向が強ぁEEBR>  峠をスチEEジとしなぁEのには、「ゼロヨン」と呼ばれるレースがあり、これE同時スタートによる直線400メートル競争で、スピEド追求、相手との競争が第一目皁Eある。ドリフトEグリチEE派は自刁E走りを楽しEことを主眼としてぁEが、ゼロヨンは相手との純粋なスピEド競争である、EBR>  さらに首E高速道路めE岸を走る走り屋がぁE。この場合も速さ、最高速度を競ぁEぁEEBR>  ドリフトEグリチEE派の刁EE、その人の主な走行E仕方による形式的な刁Eであって、それによる厳寁E自己規定E行なわれてぁEぁE例えばグリチEE派は絶対にドリフトをしなぁEぁEわけではなく、Eしろ、グリチEEもするしドリフトもするとぁE人がほとんどである。インターネットE走り屋EージめE誌に載ってぁE自己紹介をみると、E刁EE走り方が「ドリフト」か「グリチEE」かは大抵明記されてぁEが、それらは「E刁EEどちらかとぁEとドリフトEグリチEE派」とぁE程度のあいまぁEレベルだろう、EBR>  一般皁E走り屋が使用する自動車E種類E、スカイライン、シルビア、スープラ、シビック(注1)などだ。ただし走り屋同士の会話めE誌などでは自動車E種類ではなく、「ハチロク」「イチサン」「FEE」など、車体形式で呼ぶのが普通であり、例えば「ハチロク」E86年式を意味する。それぞれE走り方めEチEEジにより、より適してぁEとされる車が刁Eされる、EBR>  峠を走る場合、車体と改造費を含めて最低でも百丁E上Eかかり、ゼロヨンめEE高EスピEド競争E場合Eそれ以上E費用がかかる。改造は、峠用だとまず足回りから始め、ゼロヨンめE岸用だとめEEりエンジンから始める。ただし、峠用とゼロヨンE湾岸用で車を使ぁEEける人は、経済的にも無琁EのでほとんどぁEぁE簡単な改造は、E誌や仲間から学ぶなどして自ら行なぁE、エンジンなど重要な部刁EE改造は主にショチEEに依頼して行なぁEショチEEはチEムの拠点になってぁE場合もある。走り屋EチEムを作ることが多い、EBR>  走り屋へのきっかけは、EBR>
「E輩に誘われて観客として見てぁEぁEに自刁E走りたくなった、EBR> 「同級生がみんなめEてるし、EBR>
 など様、Eあるが、基本皁E周囲の人、E環墁EらE影響が大きい、EBR>

E.小説風描E、およE詳細な記述

 週末、夜が深まると「山へ行こぁEと一人の友人が言った。私E「また山か、他に行くところはなぁEEか」と思う。私E自動車や自動車E運転が嫌いだ。E動車E自ら運転するもEではなく、誰かに運転してもらって乗るもEである、EBR>  それでも友人たちに連れられ峠へ赴く。途中、スチEEジ近くのコンビニに立ち寁E。駐車場には走り屋仕様E改造車が所狭しと並んでぁE。車に貼られた色とりどりEスチEカーが夜燈に照らされ映えてぁE。店Eのトイレは頁E征Eでなかなか空かなぁEEBR>  エンジンの音が響く。同時にざわめきが聞こえる。「いぁEだな」と誰かが呟く。駐車場の牁Eに座って話してぁE雁Eがいる。たぶん車E改造につぁEだろう、EBR>  峠に着き、まず近くの空き地へ車を駐車した。もちろんそこにはレース参加の車や観客の乗ってきた車が並んでぁE、EBR>  私E耳をすます。キュルキュルとぁEタイヤの鳴る音がスチEEジから微かに聞こえてくる。「やってるよ」と友人が笑った、EBR>  ここはとても静かだ。空を見上げると、星が降ってきそぁEほど、EBR> 「いこうぜ。血が騒ぐ、EBR>  友人が言ぁE私たちはレースを見るため、峠のスチEEジへと車で向かった。峠のカーブには大抵わずかな、車一台刁E二台刁Eど駐車できるスペEスがあり、観客はそこで車を降り、ドリフトを間近で見ることができる、EBR>  ゴムの焦げる匂いがした、EBR>  私たちのほかにも、カチEEルめE間同士でレース観戦にきた人たちが、タイヤを焦がしてカーブを曲がってぁE車を熱忁E見つめてぁE。二台の車が競ぁEぁEがら轟音とともにカーブを曲がる。しばらく征Eと、次の二台が来る。道にはタイヤの轍が黒く筋になり染み込んでぁE。観客たちが「お、ハチロクだ」「あれE○○のホイールだ」などと小さく呟く声が聞こえる、EBR> カーブを曲がりきれず、茂った木、E車が突っ込んだ。後からきた次の二台が異変に気付きスピEドを緩める。やがて止まった車からドライバEが降り、突っ込んだ車に近付いた。どぁEら彼らEチEムの仲間同士らしぁE怪我EなかったよぁE、EBR>  めEてまた次の車が目の前を猛スピEドで走り抜ける、EBR>  飽きることなく私たちはそれを見てぁE、E/font>



E-1.チーム、およEメチEア

   峠のスチEEジにおける競争E「チーム」E仲間同士で行なわれることが多い、EBR>  走り屋におけるチームは、暴走族におけるそれとは様相が異なってぁE。走り屋EチEムは、例えば大学におけるサークルをイメージすると刁Eりやすい。(実際大学の自動車サークルがチームとなってぁE場合も多い。!EBR>  チEム名E、暴走族が力や悪、グロチEク、E貴さなどをイメージした名付けをした(佐藤,1984EEに対し、走り屋Eそれはほとんどが横斁Eであり、彼めEfont size=2>(注2)
はそうすることにより現代皁Eお洒落さ、また暴走族との輁Eを演EしよぁEしてぁE、EBR>  チEム冁Eおいて、またスチEEジ全体においても、より長ぁE間走ってぁE人がE輩とされる。そのような先輩からドリフトの仕方などを教わることも多い。E輩後輩関係E一応存在してぁEが、厳しいもEではなぁEEBR>  チEムにはリーダーが存在し、ときたまリーダー争いのレースが行なわれることもある。まぁEBR>
「あそこのチEムより速くなりたぁEてのはある、EBR>
 とぁEライバル意識も存在する、EBR>  成員構Eは、E校からの先輩後輩関係、幼なじみの同級生、E誌を使用した募集で雁Eった人、Eど様、Eある、EBR>  走り屋E雑誌には「皆で楽しく走りましょぁEとぁEたチーム員募集のコーナEが忁Eある。このように、「走り屋」とぁE雁E意識E成立Eための触媒として、主に雑誌や漫画などのマスメチEアが役立ってぁE。走り屋を主人公として取り上げる走り屋雑誁EE例えば有名なのは『OPTION』などEが毎月多数発行されており、売り上げもかなりE部数である。また、E年マンガ雑誌においても、走り屋を主人公としたマンガが数多く連載されてぁE。『ヤングマガジン』で連載中の『頭斁ED、Efont size=2>(注3)
はE997年E月現在E0巻まで刊行されており、その部数は数百丁Eである、EBR>  それら諸メチEアの影響によって、「E刁EE走り屋である」とぁE自己規定が浸透し、走り屋現象がE国皁E庁EったとぁEる、EBR>

E-2.スチEEジ、およEそE周辺

 走行E舞台である「スチEEジ」における秩序E、暗黙E亁Eにより成立してぁE。そのスチEEジに合わなぁEり方めE周りを無視した独断皁E走り方をしてスチEEジの輪を乱す場合E、あおられたりして排除される、EBR>  初顔E基本皁E受け入れられるが、EめてのスチEEジで走ろうとする場合、まず様子を見て、そのスチEEジ固有Eルールを学習せねばならなぁEEBR>  例えばゼロヨンを行なぁE合に忁Eな、ゴール地点で合図をEす人めEターターは、ローチEEションによる頁E制がE然に成立し、その合図の仕方もスチEEジごとに決まってぁE。何回もそのスチEEジに通うことで、その仕方を学習しなければならなぁEそぁEることでスチEEジに溶け込む、EBR>  またスチEEジごとの仕様もおおまかだが決まってぁE、EBR>
「このスチEEジに、あんなでっかいホイールは場違いである、EBR>
 とぁEふぁE。しかし走り屋E社会においては速さが第一の価値基準である。たとえ場違いの仕様でも速けれE許される。「速けれEぁE」「うまけりめEぁEEである。(ここで自由主義皁EチEロギーを思い起こすこともできるE。外見E様式美よりも、早く走ること、綺麗に上手に走ることによって回りの人、Eら一目置かれるよぁEなり、そのスチEEジで有名になる、EBR>  また彼らE、スチEEジ近くの駐車場めEンビニ、ちめEとした空き地などにたまってぁE。そこで、互いに車につぁEのことで話しかけ顔見知りになる。また何回も顔を会わすことで、EBR>
「ああ、今日もきてるなって感じかな、E

 とぁE連帯感、仲間意識が生まれる。ただそE仲間意識E、「皆で力を合わせて警察E妨害を防ごう」とぁEレベルまでは達しなぁE連合して運動する雁EではなぁE峠以外で会うこともあまりなぁEEBR>  峠のたまり場におけるコミュニケーションは車を媒介して行なわれる。例えば初めて話しEじめるきっかけは、車E修琁EEときライトを照らすのを互いに手伝い合うときなどだ、EBR>  走り屋同士の会話冁Eは主に車E改造の仕方である。走り屋集団では「準拠雁Eのもつ視点を反省的EE己意識的Eに採用することにより、E員の役割を取得し、E己の価値めE味付けの源泉とする」(片桁E1991,p.67Eことで、車をシンボルとした相互作用が行なわれる。車がシンボル化する過程においてはメチEアが重要な役割を果たしてぁEだろう、EBR>  こEような、E団冁Eおける相互作用の過程Eなかで、彼らE様、E関係E在り方を学ぶ、EBR>

E-3.目皁E/font>

 スチEEジで早く走る老EE有名になってぁEが、しかし彼らE、有名になることが最終目皁EはなぁE言ぁEEBR>
「楽しみたい、EBR> 「E刁EE思ったとおりに車が動くことが快感、EBR> 「タイヤ鳴るEが楽しかった」 
「E由自在に車を操ること、EBR>
 運転技術が上達することで、「E動車からE惁Eを受け、EらE意志を自動車に伝えるとぁE自動車と自刁Eのコミュニケーションによって、E刁E自動車との刁Eが不E瞭」となり、「ドライビングに深く感動するとぁE瞬間」(館冁E1992,P.18EがおとずれるとぁE。走り屋が味わい楽しんでぁEのはこE瞬間であろぁEスチEEジで有名人になるよりも、E刁EE走りを楽しEことが第一目皁Eある。その結果として有名になるEである、EBR>  彼らE個人皁E走りを楽しみ、ストイチEとも言えるほどにスピEドを追求する。給料E紁E刁E車代に消費される。中途半端な態度を嫌う。例えば、走り屋から「なんちめEて仕様」と呼ばれる車がある、E

「山とか真面目に走ったり行かなぁEEに、走り屋みたいな改造してる車。EがなぁE外見仕様、EBR> 「なんちめEて仕様Eナンパ目当て。走り屋EナンパしなぁEEBR>
 また、純粋に走りを楽しE一方で、走り屋E速度競争をも楽しE。走り屋には「レーサー持E」タイプと「遊び重視」タイプが存在するが、ゼロヨンなどで速度競争を楽しEのはレーサー持E型E走り屋だろう。ただ、多かれ少なかれ走り屋Eレーサー持Eの要素を持ってぁEことは重要である。(実際、走り屋からレーサーになる場合もあるE。彼らE安Eのために忁EシートEルトを着用するし、Eと時間があれEサーキチEまで出かけ走ることもある、EBR>
「サーキチEがただで走れれば毎晩行くし、E

 金EかかるサーキチEで毎晩走ることができなぁEら、「仕方なく」E道で走るEである。暴走族と違い、走り屋にとって「暴走」E最も嫌われる行為である、EBR>
「なるべく一般の車には迷惑かけなぁE一応法律違反ってことは刁Eってるから、EBR>
 彼らE法的な規篁E守ろぁEする。E道でレースをするとぁEことに積極皁E意味を見EだしてはぁEぁEEBR>  本気でレーサーを目持E以外Eほとんどの走り屋にとって、走り屋活動E趣味であるから、交際相手E女性として走り屋を強く希望することもなぁEEBR>
「走り屋でなくてもいぁEできれば車E好きな女の子がぁEけど、EBR>
 彼らE結婚すると引退する傾向にある。もちろん暴走族における引退ほど明確な引退ではなぁEEだが、EBR>
「経済面とか。結婚すると今までのように車に金かけられなくなるし。だぁEぁEんな23、Eで引退、EBR> 「ドリフトとか一通りできるようになると、EきちめEから、E

 しかし同時に、E0歳になっても走ってると思うE」とぁE質問に対して、EBR>
「やってる、EBR> 「たまに行くだろうね、EBR>
 と答える。ここからEかるのは、走り屋行為が日常と繋がってぁEとぁEことである。それゆえ封Eは、EBR>
「できれば自動車整備士の仕事につきたぁEE刁E改造できて安上がりだから、E

 自動車関係E仕事に就きたぁEぁE走り屋E多い、EBR>

E-4.暴走族との違い

「暴走族E一般に迷惑をかけるけど、おれらは近所に迷惑をかけるだけ、EBR>
 こEような暴走族との差別意識E、E誌などを見てもE瞭に存在する。例えば、インフォーマントE一人は、「ドリフト族」と呼ばれることを非常に嫌い、「ドリフト派」だと訂正した。笑いながら、「『族』じめEぁE」と、EBR>  また例えば、ゼロヨンを行なぁE合、そのスチEEジに一般車が入りこまなぁEぁE忁EE注意を配る。スタート地点とゴール地点で合図をしあって、一般車が来なぁEどぁEを確認する。一般車が来た場合には一般車を先に通行させ、それからレースを行なぁEぁEする。危害を与えるなどして、レースのため強引に一般車を排除するような行為は殁E行なわれなぁE雑誌においても「EナEを守ろぁEとしつこく強調される。あるスチEEジにはゴミ拾ぁEE係まで存在する。これE、徐、E警察による規制が激しくなってきてぁEことが原因でもある、EBR>  暴走族EマスコミなどのメチEアにおいて、センセーショナルに報道され、その過程で、社会悪あるぁEEスケープゴートとされたが、走り屋E今Eところ、そのようにヒスチEチEに取り上げられてはぁEぁEそれでも関東近辺の規制はかなり厳しくなってきてぁE、EBR>  暴走族と走り屋E違いのひとつは、走り屋E未成年老E少なぁEぁEことだ。走り屋E多くは大学生や社会人であって、E行問題との絡みは少なぁE また、走り屋E舞台は主に住宁EE地から離れた山の中である。走り屋E暴走族Eようには街へ出て暴走しなぁEその点で「他人に迷惑をかけなければ何をしてもよぁEとぁE道徳皁Eある意味ファシスト的EなイチEロギーに走り屋E守られてぁE。また彼らも自らE存在肯定として少なからずそれを盾としてぁE、EBR>  こEように「反抗」E要素、対抗文化としての要素が薄ぁEEは、暴走族が、「地域社会、学校、家庭とぁE成人の拁E社会絁EによるコントロールのぁEれからも自由な若老Eちがタマリ場雁EあるぁEEそE延長である暴走族集団とぁE形で自発皁E雁E」(佐藤,1984,p.68Eとして形成されたのに対して、走り屋集団はEE発皁E雁EであるとぁE点では暴走族と同じだが)「E人の拁E社会絁Eによるコントロール」からE由ではなぁEらである。前述のように走り屋E多くは大学生と社会人である。大学生E大学及Eそこから派生する、より良ぁE職願望に縛られてぁEし、さらに大学生には、もはめEキっぽぁE送EどできなぁEぁE意識が存在するだろう。社会人はもちろん会社絁Eに縛られてぁE。走り屋において、走ることは暴走族における暴走と異なりEゲモニEへの挑戦ではなぁEEBR>

E.走り屁Evs.警察、つぶし屋、etc.

 スチEEジで楽しんでぁEと警察がパトカーでめEてくることがある、EBR>
「送Eる。だっておれらEほぁE速いもん、警察E車より。追ぁEけなぁE簡単に送E刁Eる。つかまえられなぁE、EBR>
 しかし警察E、一斉検問を行なぁEとで走り屋を戒める。それにより走り屋E、「整備不良」などとぁE名目で点数を引かれる、EBR>  関東近辺での走り屋E取締は年、Eしくなってきており、安忁Eて走れる場所はもうほとんどなぁEぁE、EBR>  ときには右翼が外宣車で出現することもある。走り屋E蜘E子を散らすように送Eる、EBR>  また走り屋から「つぶし屋」と呼ばれ恐れられてぁE存在がある。「つぶし屋」E主に暴力団のチンピラであり、E走り屋的高級車(例えばシーマ)でめEてきて、E属バチEめEンマEで脁Eなど、走り屋に対する嫌がらせ行為を行なぁE警察Eつぶし屋E犯罪行為を取り締まらずに、ほとんど見送EてぁEとぁE、EBR>
「(つぶし屋EEきりがなぁEおまわりは『話し合ぁE解決すればぁE』って言ぁEど、絶対こっちが不利。車やられると困るし。『つぶし屋Eひき殺してもいぁEってのならやるけど、E

 雑誌E読老E稿欁Eも、つぶし屋被害にあったとぁEもEが多い、EBR>  『上毛新聞』1997年E2月E9日号には、「因縁つけ暴行」とぁE大きな見Eしで、つぶし屋E犯罪が報じられてぁE、EBR>

 E8日午前二時半ごろ、富士見村赤城山の県道前橋赤城線E通称「箕輪駐車場」で、二台の乗用車に乗った合わせて三人の男性が十人前後E男に囲まれて因縁をつけられ、二台の車Eフロントガラスを鉄パイプや警防のような物で割られたほか、二人が頭などを殴られ一週間ほどのけがをした。犯人グループE男性一人が持ってぁE現金紁E丁EE入りE財  币E脁E取って送Eした。(中略E週末になると同県道に多数のドリフト族などが訪れることから、こぁEたグループE金目当ての犯行ではなぁEとみてぁE、E/BLOCKQUOTE>

 最後E書き方が曖昧なため、これでは走り屋が犯行を犯したようにもとれてしまぁEしかし、三日後E同新聞では、「赤城山でまた恐喝」とぁE見Eしで、同一犯による同じような犯行が報じられており、そこでは「『お前ら走り屋か』などと因縁をつけられ」と書かれてぁEことで、「つぶし屋」が「走り屋」を暴行E恐喝してぁE事件だとぁEことがEかる、EBR>  こEように、走り屋に対するつぶし屋E犯罪は多いが、走り屋Eは泣き寝EりE域を脱しなぁE連合して対抗運動をするほど走り屋同士の関係性は強くEなぁEEBR>  E997年末は、その時期頻繁にチEビで放映される『犯罪列島E4時』とぁEような警察寁E番絁Eおいて、走り屋が取り上げられることがあった。そこでは「走り屋」E「ローリング族」と呼ばれ、また、いわゆるおばさんと呼ばれる人、E、走り屋Eことを「ああいぁEとでしか自己表現できなぁEEよ」と、哀れみをあらわに発言した。それに対しインフォーマントたちは反発を示す、EBR>
「『ローリング族』EめEてほしい、EBR>
「その言葉をそっくり返してめEたい。走り屋とちめEと話してそうぁEことを言ってぁEのか、EBR> 「奴らE人のことしか言えなぁEE

 「E刁Eちは正常である」とぁEことを一般皁E民である視E老E確認し満足するよう「暗闁Eを取り上げるテレビ番絁EE多、Eる。彼らEそれに反発してぁE。走り屋とぁE雁Eに関わることにより、彼らE自己を相対化するチャンスに恵まれたのだ、EBR>  

E.消費と表現

 走り屋E改造は既成EパEチEE絁EせでしかなぁE、それでもある種の独創性がEりこむ余地はある。EめてインフォーマントE車に乗ったとき驚いたEは、エアコンの吹きEし口から、どこへ繋がってぁEのかもよく刁EらなぁE線がぐちめEちめE絡み合って出てきてぁEことだ。これEオーチEオマニアの配線E仕方を思わせた、EBR>  確かに彼らE賁EめE力Eモードに捕われてぁE。レチEー会社のスチEカーを貼っておくとレチEー移動されなぁEぁE噂が立ち、レチEー会社のスチEカーが流行る。日産の車にトヨタのスチEカーを貼ることは「格好悪ぁEとされる、EBR>  消費社会においては「交換と関係E体系のなかで自己を意味として産出しなくてはならぬとぁE刁Eした状況EぁE」(Eードリヤール,1982Eに雁EめE人はあり、その欲望E差異化EシスチEに絡み捕られてしまぁEまた如何に個人が主体的に創造しよぁEも、それE、走り屋雑誌/ビチEとぁE「文化産業」E匁Eのもとで「諸個人がイメージのなかで『商品』として再生産」されてしまぁE走り屋がそE表現の側から賁EめE力Eモードに対抗することは困難かもしれなぁE「表現E芸術E斁E・美的実践EE側から解放を夢見るヴィジョンは破産した」が、しかし「美的解放と美的救済Eむしろ賁EめE力EシスチEに冁Eする」(上野,1996E。それE例えばインターネットであり、実際、走り屋Eインターネットを利用して惁E交換を行なってぁE。しかし彼らEアイチEチEチEは走り屋だけにあるわけではなく、日常と走り屋部刁E刁EされてぁE。暴走族と異なり、走り屋にとって、走り屋とぁE雁Eはさまざまある準拠雁EE例えば学校、会社EEぁEの一つでしかなぁEそれゆえ、E合した運動が成立しにくいのだ。だから警察やつぶし屋相手に雁Eとして対抗することができなぁEEBR>  暴走族E他老Eら「暴走族」と規定されたが、それを送Eにとり前面に押しEすことで対抗文化として成立した。対して走り屋E自らを価値中立的に「走り屋」と命名した。走り屋が中立として成立してぁE限りは安EかもしれなぁEそれでもいつ何Eきっかけで社会から強力な隠蔽E排除の作用が起こるかE予測できなぁEそのとき、走り屋E雁Eとして対応するEだろうか。それとも個、EちらEってしまぁEEだろうか。もちろん希望の光E前老Eある、EBR>

E.終わりに

 流E彰は中沢新一との対諁Eおいて、「宮崎勤事件はもちろん、E合赤軍事件だってたんにくだらなぁE思う。落ちこぼれE馬鹿が誁E妁Eにかられて暴走したら、ろくなことにならなぁEぁEだけEことことでしょぁEあんなもEがその世代を代表してぁEとか、その世代の人間EそれをE刁EE問題として引き受けなければならなぁEか、そんなの冗諁EめEぁE思う。(略E社会問題ではあるかもしれなぁEれど、宗教めE想の問題ではなぁEEfont size=2>(注4)
と述べた。中沢新一擁護の斁EでなされただけE発言かもしれなぁE、これE琁EできなぁEのを簡単に刁E捨ててしまぁEEな態度である、EBR>  私が社会学に惹かれたEはそE「相対化」E魁Eである。とりあえず相対化してから判断すること。もちろん絶対皁E相対主義はありえなぁE、相対化E含む危険性めE難も承知してぁE。しかしそれでも私E、社会から不当に見えなくされてぁEもEを、相対化し捉え直したぁEEだ。その手段として社会学はある。少なくともE刁EE彼らと同じであること。彼らと彼らE中で出会わなければならなぁEぁEこと。いつでも彼らと交換可能な存在が私なのだとぁEことをE覚しなければならなぁEEBR>  人はふつぁE大抵お医老E苦痛E程度の判断は委EてぁE。E刁EE爪を見て自身の健康を判断するのもこれとさした甲乙EなぁEE身の爪を他人の顔を見る態度で見てぁEのだ。そしてそれが純粋E客観態度だと誁Eのだ。苦痛に波立ってぁE横隔Eの打鼓と共に波立ちゝ客観態度を確立して屁Eねばならぬ。客観は楽ではなぁEしかも学問もそE道を探ることによって常に新しい道を進むのだ」(折口,1968EEBR>  そEような仕方で私も進んでぁEたいと思う、EBR>

E注EEBR>
E1!E/a>そEほかに、ローレル、インプレチE、ランサーなど、EBR>
E2!E/a>もちろん走り屋には女性も多く存在するので、走り屋Eことを「彼ら」とぁEときE「彼E彼女ら」と同義とする。ちなみに走り屋E男女比E、ほぼEEEぐらいであろぁEEBR>
E3!E/a>これらEマンガは、ほとんどの走り屋が読んでぁEと思われる。その人気E高さの例として、『頭斁ED』E主人公が乗るハチロクの中古売値価格が、E0丁EEから80丁EEへと跳ね上がったことが挙げられよぁEしかし、ある走り屋によると「あれE半E事実で半Eフィクション」である。「コースめEチEEジは同じだけど、バトルの描Eは漫画だね。あんな走り方、絶対できなぁE」、EBR>
E4!E/a>流E彰、中沢新一「オウムとは何だったEか」『諸君』8月号,斁E春私E1995.



E参老E献EEBR>
イーグルトン,チEー,大橋洋一訳『イチEロギーとは何か』平凡社,1996.
上野俊哉「消費社会と表現斁E」『岩波講座現代社会学E1 チEイン・モードEファチEョン』岩波書庁E1996.
折口信夫『折口信夫全雁E第31巻,中央公論社,1968.
牁E雅隁E変容する日常世界E私化現象の社会学』世界思想社,1991.
佐藤郁哉『暴走族EエスノグラフィーEモードE反乱と斁Eの呪縛』新曜社,1984.
―――『ヤンキー・暴走族E社会人E逸脱皁Eイフスタイルの自然誌』新曜社,1985.
―――『フィールドEワークE書をもって町へ出よう』新曜社,1992.
館冁E『クルマ運転秘衁Eドライビングと身体・感覚・宁E』勁草書房,1992.
西澤晁E『隠蔽された外部EE市下層のエスノグラフィー』彩流社,1995.
ヘブチEジ,チEチE,山口淑子訳『サブカルチャーEスタイルの意味するもE』未来社,1986.
ボEドリヤール,ジャン,今村仁司E宁E彰E桜井哲夫訳『記号の経済学批判』法政大学出版局,1982.
吉見俊哉『メチEア時代の斁E社会学』新曜社,1994.
Zizek,Slavoj,The Sublime Object of Ideology,London,1989.
 



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